ついでの旅

 日ペンの役員会や審査会の日程に合わせ、せっかく海を渡るのだから・・・と1泊余計にとってどこかへ出かけることにしていますが、すっかりこれが知れ渡っているようで、「今回はどちらに行かれました?」 と聞かれることが多くなりました。

 いつもご一緒する清野先生、今年は栃木の御兄弟のお見舞いに行かれ、今回は兵庫の右鴻先生と二人で・・・という事になりました。
例によって早くから「今年はどないしますかー?」 との電話があり、まだ鎌倉へ行かれたことが無いと仰いましたので、私がご案内役をすることにしました。
29日(金)千歳発8:00で東京へ。 右鴻先生は新幹線で同日朝発たれ、大井町で合流。

   
 大仏の背中に窓が  大仏の胎内 : 窪みは頭部

 鎌倉は見どころがいっぱいありますが、足の調子があまり良くないということで、あれもこれもと欲張らずゆっくり巡ることに。
ということで先ずは源頼朝が妻・北条政子の安産祈願のために造ったと言われる若宮大路を通り、その先に続く鶴岡八幡宮を目指すことにしました。
しかし残念ながら改修工事中のため、高さ3メートルほどの仮囲いで遮断され段葛(だんかずら)は通行できず、右手に高い壁を、左側にお土産屋さん・・・向かい側に居並ぶお店は囲い壁で見えず視界が半減・・・で、ちょっと残念でした。
参道を支える石積みにたるみやひび割れが目立つようになり、大正始めに改修で植えられた桜の老化が進んだためとのことです。

 参拝後は小町通りを通り鎌倉駅に戻ることにし、途中美味しいお蕎麦屋さんに立ち寄り少し遅めのお昼をいただきました。
狭い通りは修学旅行の生徒たちで溢れんばかり、大変なにぎわい様でした。

 江ノ電の一日乗車券「のりおりくん」を購入し、まずは長谷で下車。
長谷寺を目指しました。
ほんの少し小雨が降ってきましたので美しいアジサイが見られるかと期待していましたが、時期が少し早かったようです。
以前清野先生と来たときは、2200株ものアジサイで遊歩道の両脇の斜面が覆われるように埋め尽くされ本当に見事でしたが・・・。

 次は、長谷寺の先にある高徳院へ鎌倉のシンボルともいうべき大仏様にお目にかかりに・・・歩くこと10分ほど。
大仏は、元来奈良と同じように大仏殿の中に安置されていましたが、地震や台風で倒壊してしまったとのことです。
実はこの大仏、2代目なのだそうで知りませんでした。
1代目は木造で、完成後数年で倒壊してしまい、現在の青銅のものに作り替えたのだとか。
20円お払いして、大仏様の胎内に入るという貴重な体験をしました。 上を見上げると半球形にくぼんだ頭部が・・・
胎内の周囲を見渡すと青銅の素材を使って造られているということが良くわかりました。

 再び江ノ電に乗り腰越で下車、万福寺へ。
小さなお寺で観光するほどではないのですが、源義経がこの寺に宿泊し兄源頼朝の許しを得るために書いた「腰越状」で有名。
ゆかりの品がいくつも残されています。。
 義経は「腰越状」を出す前に何通かの起請文を提出しましたが、何の返答も無いことから書かれたのがこの「腰越状」で、結局鎌倉へ入ることを許されることなく京へ戻り悲劇の人生が始まったそうです。

 鎌倉観光はここまでとし江ノ電で鎌倉駅に戻り、そしてJRで東京へ。
ホテルチェックイン後、小高先生が勤務の帰りにそのまま夕食にお付き合いして下さり・・・
戸越銀座の美味しいお料理屋さんにご案内してくださいました。

   
 フジテレビ本社 : 球体展望室はちたま  展望室から臨海副都心を望む

 30日(土) 3時からの役員会までの時間・・・お台場へ。
先ずはフジテレビ本社の見学。
メインは25階にあるフジテレビのシンボル 「 球体展望室はちたま 」。
臨海副都心が一望できる270度の大パノラマは圧巻でしたし、フジテレビキャラクターの可愛いラフ君とも会えました。
この球体は7階で組み立て 「 リフトアップ工法 」 というやり方で、約9時間かけて25階まで引き上げたとのこと。
大変画期的な工事で、建築業界からも大きな注目を浴びたそうです。

 続いて 「 日本科学未来館 」 へ。
時間の関係上ドリームシアターなどはパスし、二つの常設展覧区の見学を。
宇宙のこと、太陽系のこと、地球のこと、地球環境のこと、生命のこと、医療のこと、モノづくり、暮らし、ロボット、情報・・・・・・
触れたり、実験したり、参加体験型の展示となっており、本当に素晴らしい施設でした。

     
 地球が回転している・・・
背景にある橋状通路は怖くてリタイア
 しんかい6500のコックピット
直径2mほどの空間
 しんかい6500


  「 しんかい6500 」( 原寸大模型だが、本物と全く同じ機材 ) の中に入って見ました。
深海6500mまで潜ることのできる現役有人潜水調査船です。
全長10m弱の調査船には沢山の機器が備わっていますが、何一つとして余分な物はなく、人が居られる所も直径2メートルの狭いコックピットの中だけです。
人間3人がやっとは入れる広さで、ここで長い時間調査のため潜って過ごすのかと思うと・・・私にはとてもムリ、ムリ・・・5分間が限界かも。

 時間があれば一日かけてもっとゆっくり丁寧に見学したいと思う、魅力にあふれる施設でした。
ゲームに夢中になっている子供たち、こんなところに連れて来ましたら色々なことへの興味が芽生えてくるのではないか・・・と。


 さて、それでは浜松町へどのようにして行きましょうか・・・。
ごく最近入門したばかりのスマートフォンを取り出し、アプリの「乗り換え案内」で検索。
いやぁ〜便利ですネェ・・・・・・ただし、使いこなせたらの話。 
現在地から目的地までの色々な行き方、発車時刻、金額、所要時間・・・わかってしまうんですから。

でもまだまだ、ま〜だまだヒヨッコで、パニックを繰り返している状態です。 
送信するつもりでもないメールが、サッと送信されてしまったり、使い方のわからないアプリ・・・削除してもいいものかどうかetc.
「 ガラケイに戻しました」 と言う人達の気持ち・・・よーくわかります。

 役員会終了後、10名ほどで居酒屋さんに立ち寄り楽しく和やかに盛り上がり、そろそろ明日の大切な仕事があるので・・・と、
帰りを意識しはじめたころ・・・グラリグラリと突然の大揺れ!
スマホに即 「 防災速報 」 が入り・・・震源地:小笠原諸島・震度5強と。
少し様子を見て落ち着いてからお店を出て浜松町駅に行きましたら、電車は運転見合わせ中でいつ動くかわからない状態。 
タクシー乗り場には長い人の列。

 色々調べましたら地下鉄は動いていそう・・・と言うことで、とりあえず地下鉄で上野方面に行く事にした地元の方々・・・
浜松町宿泊の方は徒歩で、そして私たち大井町宿泊3名と、品川宿泊1名は一緒にタクシーで・・・と、それぞれの方針が決まり確認して解散。
ホテルには10時過ぎに着くことができました。
何度もテレビでこのような混乱状態を見ておりましたが、まさか自分が体験するとは・・・。

 思い出に残る上京となりました。
                     展の審査終了エーデルワイス