終戦記念日に思う


 14日夕方、安倍総理大臣の「戦後70年談話」をテレビで見ました。
それほど大して不満があるわけでもないのに、私の心に深く沁みこんでくるものが感じられないのは何故だろう・・・と思っています。

 今日は終戦記念日。
戦後70年という節目の年ということで、この日に合わせてテレビ、ラジオ、新聞等々では、戦争体験談、戦争当時の映像、映画など色々取り上げられてきました。
 
 人類史上、この地球上で戦争の途絶えた時は無いのではないでしょうか。
「古事記」においてさえ、神々は親族を相手に戦い殺しあっています。
人類誕生の時、既に「戦え」というDNAが体内に組み込まれていたのかも知れない・・・などと思ったり。

 生まれた時からズーッと戦争・・・の中で育っている子供たちのことを思うと、本当にやりきれない気持ちになります。
それに比べ日本の子供たちは、満ち溢れる物の中で平和が当たり前のように・・・戦争は自分たちにはかかわりの無いように暮らしています。

 栄養失調で目ばかり大きくて痩せ細った姿、幼いのに銃を持って戦う子供たちの姿・・・テレビで見るたびに辛くなります。
同じ子供でありながら、生まれてきた場所が違うだけで天と地ほどの差・・・「運」ということで片づけてはならない・・・と。
子供たちには、どこに生まれようと関係なく、いつも笑顔で幸せであってほしい・・・ひたすら願っています。

 私は戦争を直接体験はしていません、というより幼かったので記憶に無いと言った方が正しいかも知れません。
3歳の時、一家4人で天津から引き揚げてきました。
弟は1歳未満でまだおむつが離せず、母は船酔いのため父が船上で代って洗濯をしてくれたそうです。

 天津ではお手伝いさんやボーイさんがいて、それはそれは裕福な暮らしで、母も宝石類などずいぶん持っていたそうですが、持ち帰ることは禁止されていたため、すべてお世話になった中国人の方々に差し上げてきたのだとか。
でも1つだけお気に入りのものが手放せず、こっそり忍ばせて乗船したのですが、それを父が見つけて
「 たった一人のこのような行為で、この船上の人皆が帰国できなくしてしまったらたらどうするのだ。」と、それを海に放ったとのこと。

 指輪など買えない暮らしの中、母はたまに思い出して私達に話してくれました。
弟もそれを記憶していたようで、働くようになって母に指輪を買ってプレゼントしたときは、ずいぶん嬉しかったようです。

 小学生のころ父が、「日本は戦争に負けて良かったのだよ。」 と私たちに話してくれたことがありました。
何でも勝つことが良いことだと思っていた私たちは 「 どうして?」 ・・・と、ビックリしました。
もし日本が戦争に勝っていたなら、軍人が威張って私たちは逆らうこともできない世の中になっていただろう・・・と、父は話してくれました。

 戦争の悲惨さ、残虐さ、どれほど多くの人々を不幸にしたか・・・戦争を知らない親たちがほとんどとなった今は、学校教育の中でもしっかりと教えていく必要があると思います。
子や孫達を二度と戦場に送ることが無いようにしなくては・・・。

 九州の川内原発1号機が、11日再稼働。
日本は再び原発に頼ることを選択してしまいました。
東日本大震災で発生した福島の原発事故が、いまだに収束される事なく多くの人々を苦しめているというのに・・・
「 絶対に安全」 などと言うことはあり得ないことです。
特に近年は異常とも思える気象状況の変化・・・原発がこの影響を受けることは全くないなどと言えるでしょうか。
 
 例え原発を全廃しても、これから放射性廃棄物の処分問題を解決しなくてはならない現状なのに・・・。
あの大震災だって、原発さえなかったら復興はこんなに長引いていなかったのでは・・・。
過去の多くの方々の犠牲を無駄にすることなく、そこからから学んだことを二度と繰り返すことの無いようして行かなくては・・・。


          全国展終了法案成立