お正月の遊び

      もういくつ寝ると お正月        
      お正月には 凧あげて こまを回して 遊びましょう
      早く来い来い お正月
             もういくつ寝ると お正月
             お正月には まりついて 追羽根ついて 遊びましょう

             早く来い来い お正月

 
百人一首かるたの取り札

 私が子供のころ、お正月は一年中で最も楽しみなことでした。
きれいな着物をきせてもらえて、お年玉がもらえて、お餅が食べられて、羽根つきや凧あげをしたり、親たちも一緒になってカルタ取りやすごろくで遊んでくれたり・・・。
 歌の歌詞の通り12月下旬になると、本当に 「 もういくつ寝るとお正月」 とかぞえながら待ちわびる日々でした。
それが中学生のころになると、「なんだかお正月らしくなくなってきたねぇ。」 などと友人と会話を交わした記憶があります。
それでもまだ、街の中には日本髪を結って着飾った人たちもいましたし、デパートや銀行などの女性たちはみなさん和服姿でした。

 暮れの美容室 ( パーマやさんと言っていた) はどこもあふれんばかりの人、人、人。
母などは美容室が数軒先と近いので、パーマ液のつけ足しの度に家との間を行ったり来たりしながらおせちの準備などしていました。
髪もきれいにしなければ新年を迎えられない・・・と、なんと律儀な時代だったのでしょう。

 今の時代、お正月は更に更に 「お正月らしくない」 と感じます。
初詣の様子を見ても、普段と変わらぬGパンスタイル。
外で凧あげや羽根つきなど全く見ません。
お年玉を握って、家電量販店であれこれ品定めしている子供たちの様子が目につきます。

 それでも一部では、昔ながらのかるたとりは盛んです。
「 北海道子どもかるた大会 」 が毎年2月に開催されているようです。
日頃の練習に励む子供たちが、各地の予選を勝ち抜き、全道から一同に集まり競い合います。

 北海道で遊ばれる百人一首かるたは、上の句は無視して下の句を読み下の句の書かれた札をとるという、「下の句かるた」です。
読み札は、一般的な百人一首のものと同じですが、取り札は木製で、下の句が変体仮名で書かれています。
なぜ木製なのかというと、北海道開拓時代には紙があまりなく、対して木は豊富だったから・・・真偽のほどは?
文化文政のころ(1800年前半)会津藩の武家や商家で行われるようになり、明治維新後に会津藩の人たちが北海道に入植して道内に普及したようです。

 昔、小中学校はお正月は登校日でした。
校長先生から新年のご挨拶があり、そのあとクラスごとに色々お楽しみ会をしていました。
6年生の時、そのお楽しみ会で初めて木札のかるた・・・「下の句かるた」を見ました。
兄弟や家族の多い家の子供たちは結構得意の様子でしたが、私はくねくねした文字に初めて触れ、ほとんど読めませんでした。
友人がわかりやすい札を私の前に3枚ほどおいてくれ、私はそれだけを必死にとられないよう守る感じで緊張していたことを覚えています。

 帰宅してそのことを親に話しましたら、しばらくして母が木箱に入ったかるたを買ってきてくれました。
中古品だったようですが、嬉しかったです。
でも、中学生のころ何度か使用したきり・・・。
書き始めの部分は何とか読めても最後まで読めないものがほとんど。
その後、そのまま随分長い間眠っていましたが、先日思い出してちょっと出してみました。
今は印刷したものがほとんどのようですが、蓋に 「 肉筆 」 と朱書きしてありますので、大事にしなくては・・・と。
来年は孫たちに見せて、読み方ぐらいは教えたい・・・と思っていますが、果たして興味を持ってくれるかどうか・・・。


                2015年おめでとうしばれる立春