卵かけごはんの日

 ラジオを聞いていると、今日は「卵かけごはんの日」とのこと。
こんな記念日があるんだー・・・・・・と驚き、そこでちょっと調べてみました。

 島根県雲南市の「卵かけごはんシンポジウム実行委員会」 が2005年に制定した記念日で、日本記念日協会に認定されているとのことですが、そのような会があったことさえ知りませんでした。
日本の古き良き食文化やふるさと、家族愛などを考えるきっかけとなる日を・・・という願いからの制定とか。

 日本では北から南に至るまで地域に関係なくどこででも普通に食べられている生卵ですが、外国では卵は完全に火を通して食するのが一般的。
サルモネラ菌汚染の心配があるためとのこと。
海外の多くの国では私たちが日常的に卵を生のまま食することに驚き、時にはゲテモノ食と映ることもあるのだとか。

 日本の卵も100パーセント心配無いわけではありませんが、飼育過程の衛生管理が行き届いており、出荷前にも汚れを落とすなど色々配慮されていて、安全性はかなり高いそうです。

 子供のころ「卵かけごはん」はよくいただきました。
お弁当のおかずの卵焼きとか、遠足のおにぎりとセットでのゆで卵、暮やお正月の茶わん蒸しなど卵料理をいただくととても贅沢な気分になりました。

 ニワトリを数羽飼っていて、ホタテ貝の殻を砕いて餌に混ぜて与えたり(卵の殻が割れにくくするため)、夕方 「トォートォートォー・・・」と声を発しながら放し飼いにされているニワトリたちを鳥小屋に追い込んだりするのは子供の仕事でした。
ニワトリの生んだ卵は、祖母が小豆の入った缶に大切にしまっていました。
冷蔵庫などない時代の生活の知恵だったのだと思います。
冬、うっかり凍らせてしまった卵は、割れ目から少し水分が抜けてねっとりとした食感になり、コクが出て卵かけごはんが一層おいしく感じられたものです。

 たまに父は、生みたての卵のテッペンをコツコツと柱などに打って小さな穴をあけてくれ、父、弟、私と3人一緒に飲んだりしました。
母は、よくそんなことできるねーと眉をひそめていました。
あの頃はおいしいと思って飲んだのでしたが、私もまた大人になってからはとても気持ちが悪くて出来ません。

 学生時代の英語の時間、多分ヘミングウェイの「老人と海」・・・だったと思う・・・の原文を読んでいた時、
  家族が朝食時のテーブルを囲んでいる風景・・・・・・母親がそれぞれの器に卵を2個ずつ取り分ける
というようなシーンが出てきて、
「アメリカという国はなんと豊かな国なんでしょうね。日本では卵を一人に2個づつなんて考えられませんよね。」
とおっしゃた女の先生の言葉を時々思い出します。

 今は卵もバナナもなんでも健康のことさえ心配しなければいくらでも食べられる・・・
豊かになりすぎ、捨てられてしまう食べ物が問題になる時代。
一方この地球上には毎日数えきれないほどの餓死者が・・・
個々の家庭から一人一人がもっと食べ物を大切にすることを考える必要があるのではないでしょうか。

 飽食の時代、カラフルで豪華なお料理が珍しくないこの時代だからこそ、シンプルな「卵かけごはん」が懐かしく感じられるのでしょうか。
卵かけごはん用のお醤油があったり、アレンジレシピが考えられたり、卵かけごはんだけのレシピ本まで出ているそうで、人それぞれにこだわりがあって結構奥が深そうです。

               太極拳雪中の芸術空間