ひな人形

 右 : 小畑翠清先生からのプレゼント
 左 : 鈴木右鴻先生のクラフト作品 

 ひな祭りが平安時代に古代中国から伝わったということは意外と知られていないと思います。
日本では古くは災いを人形に託して川に流していましたが、次第に手の込んだ立派な人形になり家に飾って女の子の幸せを願うスタイルになったそうです。

 ひな人形も時代とともにずい分変化しています。
特に人形のお顔・・・昔はふっくらとして切れ長の目が主流でしたが、次第にパッチリとして現代的な目鼻立ちのものも登場、更には付けまつ毛まで・・・には驚きです。

 先日 「ゴスロリひな人形 」 というのを初めて耳にし、ゴスロリという言葉自体全くわからず、どんな人形のことかさっぱり見当がつきませんでした。
ゴスロリとはゴシック&ロリータの略で、ファッションのジャンルの一種。日本独自のファッションスタイルなのだとか。
フリルやレースをあしらった少女趣味的なファッションで、黒を基調とした衣装に差し色としては抑えた色調を用いたものを言うらしいです。

 まさかお雛様がフリルのついた黒い衣装を着ているわけではないだろう・・・と、ちょっと調べてみましたら、かなり手の凝った作りで花魁の白黒写真を見ているような印象を受けました。
お値段も数十万円と結構高価で大人の趣味という感じ。
子供の健やかな成長をねがって・・・にはふさわしくないように思います。

 私の卒業高校には七段飾りのとても立派なお雛様がありました(現在も)。
私は茶道部に属していて、いつも2月には利用していた作法室にお雛様を飾っていました。
入学当時は、男女共学で女子は男子の半数しかいないのに作法室があるなんてすごい・・・と、思っていました。
お茶の先生は、外部から毎週土曜日放課後に通ってきてくだっていて、「 こんな立派なお雛様はなかなか見られないんですよ。」 とおっしゃってましたが、まだ若かった私にはそれがどれほど立派なのか全く分かりませんでした。

 後に分かったことですが、前身の北海道庁立高等女学校2代校長の工藤金彦先生が退職金の中から300円を出してくださり寄付されたのだそうです。
現在なら100万円以上もする高価な贈り物。
戦後は北海道札幌北高等学校として再出発しましたが、70年代学園紛争のさなか3度も火災にあい校舎の大半を失ったことがありました。
奇跡的に北高雛を納めた長持ちは真っ黒に焼け焦げたものの、中の人形たちは無事でした。

 毎年茶道部員の手によって作法室に飾るのが伝統となっていましたが、手狭なため現在は 「彩風館」 に展示されているそうです。
平成18年、同窓生により100年記念館として完成したのが彩風館で、展示スペースも広くなり生徒も卒業生もゆっくり観賞できるようになったそうですが、高校卒業後まだ一度もあの北高雛に会っていません。
多分今なら、その重厚さや立派さをしっかり感じることができると思いますが・・・。

 現在私は食器戸棚の中に、和紙で作られた丈5.5cmの六角形の小箱の中にたたずむ可愛らしい立ち雛と、ミニ色紙に貼られたクラフト雛を飾っています。
箱入り雛は20年以上も前に小畑翠清先生から、クラフト雛は数年前鈴木右鴻先生からいただいたもので、毎年春が近づいたことに嬉しさを実感しながら取り出しています。

 

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